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東京地方裁判所 昭和39年(ワ)7300号 判決 1966年1月27日

理由

原告が昭和三八年一一月六日被告に金五〇〇〇万円を交付し、被告がこれに対し、原告主張の如き無記名定期預金証書を原告に交付したことは、当事者間に争いがない。

原告は、右金員は消費貸借契約に基き被告に交付したものであると主張するのに対し、被告は右金員は右定期預金の売買代金として交付されたものである旨抗争するので、按ずるに凡そ無記名定期預金が券面額と同額の代金で売買されるということは、特段の事情のない限り、世上一般に行なわれるものではないから、本件の場合も特段の事情のない限り、右定期預金は担保の目的で譲渡されたものと解するのが相当である。

よつて本件の場合これを売買と解するを相当とする特段の事情があるか否かという見地から検討してみるに、

消費貸借であるとするならば、金五〇〇〇万円という大金である以上、原被告が特に以前から貸借関係が継続的になされているとか、個人的信頼関係が強く存するため、その必要がないとかの特別の事情があるというならば格別、そうでない限り、弁済期、利息、損害金等の返済条項を明定した借用証書を作成し、金員の授受に当つては領収証を徴するのが当然であるのに、本件の場合、原被告間には、当初から面識があつたわけではなく本件取引になつて始めて直接に相知るに及んだこと又その他特に信頼関係をつなぐに足るような事情はなにもないのに、原告は、借用証書、領収証等を何等徴することなく金員を交付したものであることは、当事者双方本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨に徴し明らかである。これに対し原告は、弁済期、利息を約定したというが、原告本人のこの点に関する供述も、単に被告から受領した金二七〇万円から逆算して、月二分位の利息となるのでよいと思つたという程度であつて、これを以て、利息の約定がなされたと認めることはできないし、弁済期についても他にこれを認めるに足る証拠はない。しかも、これより先、原告は昭和三八年一〇月二日、訴外不動信用金庫に金五〇〇〇万円を預金するに際して金二二五万円を訴外後藤観光株式会社から受領していること及び本件金五〇〇〇万円を被告に交付するに当つても、被告から金二七〇万円を受領していることは当事者間に争いがなく、前者の場合は所謂裏利息として、後者即ち本件の場合は裏利息に相当するプレミアム的なものとして支払われたものであることは、証人松岡琢次の証言及び被告本人尋問の結果によつて認められるのに加えて、証人松岡琢次、同山本三男、同三輪悟朗の各証言によると原告は訴外松岡から被告が金員を必要としている旨の申込をうけるや、その翌日の一一月六日直ちに同訴外人及び被告と同道の上、訴外金庫に赴き、本件預金証書の照合確認を行ない、印鑑照合証明書(乙第四号証)を作成せしめ、通常、担保としての調査確認上必要と思われる程度以上に入念に調査し、右証書に必要な印鑑の引渡しを求めたことが認められるのであつて、これらの事実を綜合考慮すれば本件の場合、金五〇〇〇万円は、本件各定期預金を担保として被告に貸与されたものではなく、むしろ、金二七〇万円を受取ることにより、被告より本件各定期預金の譲渡をうけ、その対価として被告に交付されたものと認めるのを相当とする特段の事情があると解すべきである。そして叙上の認定は、原告が被告に対して約束手形の振出交付を求めたこと(このことは証人松岡琢次、同今泉宗一及び原告本人尋問の結果により認めうる)及び本件各定期預金が譲渡を禁止せられているものであるからといつて何等左右されるものではない。

何となれば原告が約束手形の交付を求めたのは、同本人の供述によると、本件金五〇〇〇万円を被告に交付した後において、本件各定期の名義が原告名義に変更せられないことに不安を抱いた原告の一方的申出にすぎず、これをもつてその旨の合意があつたものとは認められないし、又証人三輪悟朗の証言によると、本件各定期預金の譲渡が禁止せられているからといつても、訴外金庫としては預金証書と印鑑を持参すれば、原則としてその者に支払つているというのであるから、右の禁止条項は、原被告間の譲渡行為の効力に何等消長を及ぼすものとは解せられないからである。

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